父親は憎しみの対象

蒋経国が蒋介石の後を襲って、中華民国総統及び中国国民党主席)に就任できたのも、結局はそれ以外に男児が生まれなかったからです。

権力志向の強かった父を、息子はどのように眺めていたでしょうか。

かなり醒めた目でみていたことは間違いありません。。


蒋介石と言う人物は、旧型の政治家でした。

「国家=私領」と言う概念を捨てられなかった訳です。

ですから、台湾は彼にとって安住の地ではなく、一時的な「腰掛け」でした。

そこで英気を養い、折をみて大陸反攻を目指していたのです。


これを蒋経国はどのように評価していたか。

無理で荒唐無稽と考えていたでしょう。

中国本土が奪回するためには、本土側が四分五裂し、そのうえ超大国(米ソ)が手を出せないか、積極的に支援するか、好意的中立を守ることが必須条件となります。

それだけの条件が揃う訳がなく、その前に台湾内部の対立で、先に台湾側が崩壊すると結論付けたと思われます。

ですから、副総裁に李登輝氏を選んだ。

そして、「禅譲」を果たすとともに、台湾の脱皮と団結を可能にし、父の理想を不可能に追い込んだ。


蒋経国、それは己の死を以って父親の宿願を阻んだ、悲しくも醒めた賢人です。

(了)
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by dokkyoan | 2008-06-23 20:56