伊藤博文

虎は死して皮を残す。

岩波死すとも本書を残す。

伊藤博文著「憲法義解」(岩波文庫)を読んでいる最中です。


広辞苑の売行きの悪さに、あらためて時代を終焉を実感している筈の岩波書店ですが、この一冊を刊行しただけでも後世に寄与したと胸を張れるではないでしょうか。


大日本帝国憲法においても、最初に規定されているのは天皇です。

ですが、現行憲法が冒頭に天皇の地位を規定しているのとは、雲泥の差があります。


大日本帝国憲法を読めば、天皇の職責の重さに驚倒する筈です。

国家を統治し、元首にして統治権を総攬し(天皇主権)、立法権を行使し、法律を裁可、公布、執行させ、議会を召集、開会及び閉会並びに停会、衆議院を解散し、公共の安全を保持し勅令を発し、公共の安寧秩序を保持し臣民の幸福を増進し、文武官を任免し、陸海軍を統帥する。

その他、宣戦布告に(講和)条約の締結、戒厳令の発布などなど、これだけのものを「義務」として課せられています。

読者はこれだけの義務を課された場合、応諾しますか、拒絶しますか。


当時、喫緊の課題は「権力分立の弊害を除去する」ことにありました。

幕藩体制という権力の分散が、国家を滅ぼしかねなかったからです。

ですから、中央集権、権力の一本化は国是だったのですが、その「装置」は天皇しかありませんでした。

「国民主権」にした場合、国家は四分五裂になっていたことは必定です。


それから、憲法はその性格上、皇室典範と一対で法体系として完結しています。

つまり、国家元首にして主権の保持者である天皇とその一家に関する規定がないと、(当時は国民は居らず臣民のみでしたから)国家として動けない訳です。

本書は一読で全部理解できるほど易しいものではありません。

読者に脳漿を搾りつくすことを求める書です。

(続く)
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by dokkyoan | 2008-06-09 21:55