遊び心再び

宮崎市定京大名誉教授の遺作「遊心譜」を読んでいて楽しいのは、作者の心があちらこちらに蝶の如く舞い、花の如く風に漂っているからです。


先人の努力は、その多くが後世に益するものでありますが、逆に後生を束縛し思考力を奪う場合も少なくないのが現実です。

マルクス主義然り、朱子学然りです。

何故その様な思考の退行現象が生じるかと言いますと、これはその思想家が後々の毀誉褒貶を怖がる、大変心の狭い、人間として器の小さいことに原因を求めるのが、案外正解ではないかと思っています。

その点、宮崎先生にはその束縛がありません。

自力で克服されたのか、生来の聡明さがそうさせたのかは存じませんが、「自由」を通り越して「闊達」の域に達しておられる。

だから読む側にもそれが伝わります。

学問の伝承とは、そういうものではないでしょうか。

(了)
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by dokkyoan | 2008-06-05 15:04