日本 ~この難儀な国~

東アジアの「近代」の起点を何処に置くか、その外見は兎も角、中国や朝鮮半島が未だ近代に到達するに至らず、それに対し台湾が、蒋介石と言う「前近代」を消化し得た現実を踏まえると、やはり「明治維新」乃至「開国」に答えを求めるのが妥当と思われます。

ただ、そこに至るまでの「近代助走期」を見逃してはならず、開国に至る数十年前から幕閣は、開国とそれに伴う深刻な影響については、腹を括っていたと思われます。

問題は如何に上手に開国するかで、状況次第では開国どころか「亡国」になってしまう惧れも多分にありました。

それ程までに近代「列強」との距離は大きかった訳で、後に長州や薩摩が戦争を仕掛けますが、大英帝国を初めとする西洋列強が、それを口実に日本征服に乗り出さなかったのが、不思議な位です。


開国に際してどうしても譲れない条件、それは「最初の開国相手は英国であってはならない」ことでした。

これは大英帝国が当時の最強国だとかそう言う理由ではなく、フェートン号事件で長崎にて乱暴狼藉を働いたのが、英国船籍だったからで、云わば当時の日英は「潜在的敵対関係」にあったと言えます。

開国に不平等条約が付きものなことは、1840年の阿片戦争以降の中国情勢を眺めていれば分かる話で、「前科者」の英国と最初に不平等条約を結ぶことは論外と言えます。

ですが「最も仲良くしたい、機嫌を損ねたくない」列強も大英帝国で、島国日本を占領する可能性があるのは、やはり「海の覇者」であり、日本が生き抜くための手本、つまり「近代化=列強への変貌」を成し遂げるための必要条件は英国で、ですから「非英国的紳士国家」米国は当て馬に過ぎず、当時の江戸幕府の要人は英米と言う二大海洋国家を手玉に取ったことになります。


兎に角、日本と言う国は開国から現代に至るまで、米英の予想に反する結果ばかり出します。

日清戦争では「日本は善戦するかも知れない」と言う大方の味方を裏切って完勝、列強にとってこの戦争の最高の筋書きは「日清共倒れ、漁夫の利」でしたが、その可能性を抹殺する共に、列強の姿勢を「中国侵略一本槍」に傾斜させるうえで絶大な効果がありました。

日露戦争は大英帝国が後ろ盾に付いていましたから、ある意味で「負けない戦争」でしたが、帝政ロシアの誇る太平洋艦隊とついでにバルチック艦隊まで海の藻屑にして、欧州の軍事的均衡を根本から崩したのですから欧州にとっては良い迷惑で、大英帝国を含め誰も日本に「ロシアに勝ってくれ」とは言っていません。

満州事変で蒋介石の中国全土統一の野望を挫いたばかりか、日支事変(日華事変、日中戦争とも)では「小中華主義者」蒋介石をしても譲れない「中国中枢部」を席巻、ここで大英帝国と「取引」出来る余地はあったのですが、西欧列強と日本「帝国主義」の最大の相違点は、前者が「裕福な列強」なのに対し後者は「常に飢餓感と貧困を伴った列強」で、それだけ妥協の余地はありません。

蒋介石が重慶に逼塞したことで、蒋介石を一種の「代理人」として中国進出を考えていた米国が激怒、ここに「超大国の卵」同士の太平洋戦争が勃発しました。

大日本帝国を屠ることに成功し、超大国の椅子を手に入れた米国ですが、日本を占領した筈なのに「国体問題=天皇助命」問題で占領軍が逆包囲される羽目に、これでは何の為に朝鮮半島南部を支配したのか分からず、身動きできない隙を衝かれて「英国・中国共産党・弱小軍閥連合」に蒋介石国民党政権が敗北、中国を手に入れると言う米国の願望ははまたしても夢と終わりました。

その後も経済大国になって盟主であるべき米国を脅かし、技術や最近では文化面でも一部で米欧を凌駕しつつある日本、第二次世界大戦における対米、対英戦をみる時、仮に大英帝国が「近代」で留まっていたとすれば、太平洋戦争開戦時の日本は間違いなく「現代化」していました。

(続く)
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by dokkyoan | 2012-09-03 22:26