鍵は山東省

太平洋戦争終結後の1946年(昭和21年)6月に再開された国共内戦に関し、まず以下の俗説を排する必要があると思われます。


1)旧満州地区争奪戦
日露戦争で南満州鉄道の権益を奪取した日本はその後、朝野を挙げて後の満州帝国に該当する地域に資本投下し、確かに軍需産業や軍事関連物資生産設備も存在していたと思われますが、これらの設備を運営、管理出来るのは日本人だけであり、それに携わっていなかった華人(共産系と国民統計にかかわらず)が、仮にその全てを無傷で入手したとしても、量産態勢に戻すことは不可能である。

ましてや1945年から翌年にかけてソ連軍が北緯38度線以北の朝鮮半島確保を目的として、短期間ながら旧満州地区を「往復ビンタ」しているのであるから、日本人が残した工場や施設、生産設備が無事と考えるのは無理がある。

1960年までソ連が技術者を共産主義中国に派遣していた事実は、その時点でさえ技術面で中ソ間に懸隔の差があったと考えると、太平洋戦争集結時点の、特に共産党陣営の自前の技術力の低さは想像を絶するものがあると言わざるを得ず、そんな輩が近代軍需産業を運営、管理するのは不可能以外の何物でもない。

致命的なのは、仮に無傷で設備や施設を手に入れて、それを完璧に使いこなしたとしても、蒋介石率いる国民党軍は、最新鋭かそれに近い装備が施された、米軍将校の指導を受けた部隊であり、満州の軍需産業の生産品はそれに比べて旧式で、勝敗の帰趨は明らかである。

読者におかれては是非、お知り合いの中国人に問うて頂きたいのですが、日本資本が旧満州に残した鉱山や軍事工場の何処が具体的にどれだけ「貢献」したのか、あのソ連の「往復ビンタ」とその後の中国共産党による旧地主階級(≒満蒙族)への拷問及び虐待、虐殺の状況下で如何に「正常かつ高稼働率で」運用管理出来たのか、工場や鉱山別そしてそれを運搬する鉄道の運行状況を教えて貰いたいものです。


2)米軍物資横流し説
紅軍(人民解放軍)が米国製最新兵器を独学で使いこなせるかどうか(日本人は出来ます、だから朝鮮戦争の際に後方の物資供給拠点となりえたし、米軍基地で働く横須賀と佐世保の日本人従業員が存在しなければ、今も昔も第七艦隊はその稼働率を維持し得ません)は別として、戦局を左右するだけの軍需物資を如何に移送し得るのか、陸運(鉄道)は通常、勢力が拮抗する地点で途切れますし、水運も然り、空運に至っては言わずもがなで、唯一大量輸送が可能な水運(水利、河川交通)にしても、それならば主戦場は黄河や長江をはじめとする中国大陸を東西に貫く河川沿いに展開させ無いとおかしいが、現実に共産党勢力は北から南に攻め入っています。


3)ソ連後援説
西安事変の際でさえ蒋介石の無条件釈放を強要したスターリンが死んだのは1953年、そのソ連と国民党政権の間に1945年8月14日に中ソ友好同盟条約が締結され、ソ連軍は国民党政権の了解の下に満州を「往復ビンタ」したけれど、所期の目的たる朝鮮半島北部確保の後は、約束通り短期間で終えています。

スターリンが蒋介石を評価していた最大の理由はその「小中華主義」、具体的には外蒙古に於けるソ連の優越権を実質的に認めていたからだと思われます。

勿論、蒋介石政権が外蒙古の覇権を脅かすほどになれば話は別ですが、早くから「外蒙古は中国のものだから返せ」と言い続けた中国共産党を支援する理由は、スターリンにもモロトフにもありません。


4)ビルマ経路支援説
この点では小誌も今になってその誤謬に気付きましたが、まず第二次世界大戦中のビルマ戦線は、米軍将校が指導し装備も施した中国人主体(国民党系)の「新軍」と、英国軍及び英印軍(将校は英国人で兵卒はインド人、所属は勿論英国)で受持ちが分かれていました。

中国とビルマ国境で、結構日本軍を悩ませたのが米軍系「新軍」で、英国系部隊は「神速」の日本陸軍になす術も無くビルマを手放すことになりました。

その後、ビルマを奪回した大英帝国ですが、そこから中国共産党を支援するのは、空路であれ水運であれ陸路であれ大量輸送は無理ですし、それが可能であったとすれば延安の更に奥地から反撃することになりますが、現実にはそうなりませんでした。

鍵は山東省にあると思われます。

(続く)
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by dokkyoan | 2012-07-10 00:50