「近代」とは、「近代化」とは(承前)

まず後発組や脱落組或いは「退化組」が全面的に承服しなければならないこと、それは「今は現代社会だから自分達も現代を生きている」と言う稚拙な錯覚すら克服していない己の立場そのものであり、「接触した相手が近代国家だからって、自分は近代に到達しているとは限らず、同時代に古代、中世、近世、近代、現代が並立して存在すること決して不可能ではないと言う、簡潔な事実です。

その意味でセポイの乱をインドの独立戦争であるかの如く扱うのは断じて間違っていますし、日本では「四つの近代化」と訳していましたが、それを当時の共産党中国の当局が「四つの現代化」と言うのは、見栄を張りたかったのでしょうが、近代の扉すら叩いていないのですから、日本側が正しく、中国側の表現は自己満足と自己陶酔の産物に過ぎないと言えます。

近代を理解するには、その国や地域を近代に導いた幾つかの「革命」を考察すると浮かんで参ります。

結論から申し上げますと、それは「寛容」と「解放(開放?)」です。


米国独立革命(米国独立戦争)の背景には、本国人の植民地人に対する度し難い蔑視がありました。

本国の側から言えば、白人系植民地人は「二級臣民」であって、本国の「一級臣民」やそれ以上の立場の人間からすれば、非白人系みたいに奴隷じゃないだけ有り難く思えと言うのが本音だったでしょう。

後述しますが、産業革命と並行する形で近代化を成し遂げつつあった大英帝国でしたので、この時点では「近代列強」と「寄せ集め集団」でした、しかも内部に王党派を抱えながら。

鍵は民兵にありました。

殖民地住民が自発的意思で兵器を携えて戦いつつ、指導者は来るべき将来像を構築すべく会議を重ね、「ステイツ」つまり国家の上に「連邦国家」と言う概念を「発明」しました。

そしてその過程で、民衆の蜂起を受けてこの「独立革命」は始まり、「ステイツ」が結束して独立と革命と言う果実を死守した、だから「ステイツ」を跨いだ「インター・ステイツ」(こんな用語あるかどうかは知りませんが)、東部13州の一体感と連帯感が生まれました。

つまり様々な制約(この時点では、地理的には東部13州のみ、そして白人系のみ)がありますが、「俺もお前も同じ国民、同じ立場の同胞」との意識が醸成されないと近代は決して訪れません。

近代は個人に高い技術の修得とその前提となる高水準の学習を要求しますが、「あいつ等は二級の連中だから別物」と言う考えで排除していきますと、「近代的個人」の候補者はどんどん減って行きますから、その考え方は駄目、どんなに制約が存在してもその内部では誰もが等しいと言う「寛容」、そして国家が得た知識の全面解放を通じてそれを無理にでも咀嚼させて「近代的個人」を大量生産させること、これが近代の大前提です。

次は明治維新と英国の囲い込み運動に触れる必要がありそうです。

(続く)
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by dokkyoan | 2012-05-18 11:18