「近代」とは、「近代化」とは

確か塩野七生女史もこの見解に与していたと思うのですが、(西洋)中世は「質」の時代で、例えば馬と言う運搬手段と重武装が可能なのは、諸侯や騎士と言った一握りの人間集団に限られていたため、幾ら被支配階級が束になって刃向かっても皆殺しにされるのが落ちなので、どんな苛斂誅求に遭ってもそれに従うしかなかったと言われます。

それに対して近世は「量」の時代で、「質」を圧倒し流し去るだけの「量」を確保出来たものが近世に到達出来たそうです。

これらの仮説が正しいかどうかは別として、近代から言えばどうでも良い話ですが、ただ近世が生み出し得る「質×量」の総和を近代の「質」は簡単に凌駕し得ることだけは間違いなく、その点を踏まえればオスマン・トルコもムガール帝国も、ソ連時代を含む今の共和制ロシアも、朝鮮戦争時の中国(=今の中国)も、近世の段階で留まっている、少なくとも近代ではないと断言することが出来ます。


歴史的にどの段階で留まっているか、それは戦争の仕方に最も顕著に表れます。

レニングラードだったかスターリングラードだったか忘れましたが、独ソ戦の山場でソ連側は、その都市だけで10数万の犠牲者を出しながら辛くも死守しましたが、その一割は「同士討ち」だそうです。

何故かと言うと、このままではナチス・ドイツの前に屈することは確実ですから、共産主義に殉じる吶喊精神で敵に突入しないと食い止められませんが、そんな役割は内心誰も欲していません。

結局、かつての「反プロレタリアート反動階級出身者」にお鉢が回ってくるのですが、誰だって死にたくないですから後ずさりしてしまうのが人情と言うものです。

その後ずさりを許さないのが鉄の男スターリンで、ある一線を引いてそれより後ずさりした自軍の兵士を忠実な共産党員兵に容赦なく射殺させました。

これが「同士討ち」の真相です。

10数万と言う死者の数そのものがドイツ軍の攻撃の熾烈さを物語っていますが、「同士討ち」の数の凄さも引けを取らず、共産党員からすれば旧反動勢力出身者は真っ当な人間ではなく、命を賭して共産主義に奉仕して初めて価値のある存在に過ぎなかったのでしょう。

それはそれで深刻な問題を含んでいると思われますが、この戦法はオスマン・トルコの得意とする戦法で、領内各地から強制徴兵したキリスト教徒を主とする「寄せ集め集団」を最初に相手主力にぶつける際、その雑兵軍団の最後尾に居たのが、精鋭を誇り忠誠この上なきスルタンの近衛兵(にして私兵、奴隷兵)のイェニチェリでした。

建国当初の共産主義中国は、中国共産党と地方中小軍閥の大連立政権みたいなものですから、朝鮮戦争の「弾除け」に大量動員されたのは、これらの子飼いの私兵である筈がなく、農民と旧反動勢力出身者であったことは容易に想像出来ます。

少し違ったのは10億の民から選抜すると流石に桁違いである点、それと米国は日本との「超大国の卵決定戦」と言う高次元の闘いに勝利しておきながら、低次元戦争に対する勉強を全く怠っていた点で、あの時点で中国が参戦しようがソ連が本格介入しようが「前近代的戦法」を使うことは分かり切っていた筈です、兵法書を紐解けば。

(続く)
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by dokkyoan | 2012-05-18 00:09