さて何から手を付けて良いのやら

一般に中世は停滞期と認識されていますが、その特徴は地方分権(群雄割拠)、公法に対する私法(掟)の優越、私領の増大、刑罰の残酷化、階級の固定化、血筋と家柄優先主義、宗教の定着などが挙げられます。(宮崎市定京都大学名誉教授の学説を大いに参照)

欧州ではゲルマン民族の大移動を以って中世の始まりとしているみたいですが、仮にルネサンスを中世の晩鐘にして近世の夜明けとしても、それまでもそれ以後も中世的要素を払拭出来ていません。

特に中国と比較するとその差は歴然で、その近世つまり「北宋以降清朝滅亡以前(厳密には阿片戦争以前)」は曲がりなりにも天下統一を実現或いは志向したのに対し、欧州は今に至るまで多数の国々が点在する分裂したままで、欧州には近世が存在しない、中世から「近代ではない段階」を経て、一気に近代へと移行したのではないかとの疑念が拭えません。


その点、日本は意外と時代区分がし易いです。

大和朝廷の成立以降、平城王朝(奈良時代と呼ぶべきか)で古代的統一は頂点に達します。

何故そう言えるかの、藤原仲麻呂と孝謙天皇(上皇)の対立が決定的となった時点で、両者が手に入れようと争ったのは軍事力動員の許可を意味する御璽でした。

この事実は、最高権力者といえども私兵を抱えておらず、全ては国家に従属する「兵士」と「国軍」であったこと、個人の発言より法令が優先されていたことを物語っています。

同時に奈良時代は「兵士」はいても「武士」は存在しない、国軍は存在しても独立系私兵集団(軍閥)は存在しません。

この古代的統一が緩やかに解体していく過程が平安時代で、源平の争乱を契機に時代は中世へと突入します。

日本の中世の面白い点は、二元政治から多元政治を経て群雄割拠の無政府状態が出現した点で、鎌倉幕府が守護と地頭を置いたことから始まり、応仁の乱以降は辛亥革命後の軍閥跳梁跋扈の中国も真っ青の乱世に至ります。

此処で近代的(近世的ではありません)感覚を持った織田信長の出現を以って近世の芽が出てきますが、その思想は「天下布武」、軍事力による天下統一で、これはすなわち既得権益の全面否定です。

そして既得権益を認めつつ天下統一の手本をみせた豊臣秀吉を経て、「兎に角、俺に頭を下げて臣下の礼を執れば既得権益は認めるから、命令だけは絶対服従」と言う徳川家康に至って「日本的近世」が始まります。

この独特の、ある意味中途半端な統一国家が、爾後の格好の踏み台となります。

(続く)
[PR]
by dokkyoan | 2012-04-13 11:12