近代とは ~承前~

近世が「中央集権の始まりにして合理的思考の成立」時期であるならば、近代は「近世を通じて集積した知識や知見が産業革命となって結実し、同時に国民国家の成立と民族主義の高揚を伴いながら、列強へと進化する過程」と定義することが言えます。

近世的大国がトルコ(オスマン・トルコ帝国)、インド(ムガール王朝)、そして中国(清朝)であるならば、面白いことにいずれも異民族王朝(征服王朝)で、征服民族(順にトルコ民族、モンゴル民族、満州族)と多数派民族(アラブ民族等、それ以前の土着諸民族、中華民族)が異なる点は特筆すべきと思われます。

そのいずれもが最初の列強にして「海の覇者」たる大英帝国と接触し、手痛い打撃を蒙ります。

オスマン・トルコは1840年のロンドン会議でエジプトの事実上の分離を認めさせられ、インドでは1858年にムガール王朝が滅亡し、中国では1860年の北京条約で大英帝国の第一次侵略が完結します。

つまり「近世」が束になっても敵わない、それが近代が生み出した化け物「列強」です。


近世的大国が異民族王朝であることは、それらが近代に脱皮することを不可能にしました。

国民国家の成立には「お前と俺とは同じ国民、国民であることは部族や民族よりも優先される」と言う意識が芽生えている必要がありますが、異民族が社会の頂点に存在することは、そう言った認識が醸成されるうえで大いに弊害となります。

その点、日本は17世紀初頭から200余年に亘って近代をじっくり熟成することが出来ました。

憾み辛みは完全になくならないとしても、時間と共に薄まるのも事実で、幕末にお伊勢参りが爆発的に流行しましたが、これって「俺たちとお前達は別」と言う集団があちこちに存在していれば不可能な話で、伊勢にたどり着く前に身包み剥がれた挙句に殺されるのが落ちです。


では「近世から近代への脱皮」の必要条件と十分条件は何か、前者が「合理的精神に基づく自然科学の発達=産業革命と国民主義精神の成立」ならば、後者は「新大陸との接触」にあると思われます。

(続く)
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by dokkyoan | 2012-03-24 01:41