近代化とは

面倒臭いのでネイティブ・アメリカンなんて言わずインディアンで通しますが、「新大陸」に上陸、侵食してきた白人と戦う過程で、少なからずのインディアンが当時の最先端西洋式武器に習熟し、それを使いこなすことが出来ましたが、ではインディアンが近代化したかと言えば、今もってその水準に達していないと思われます。

宮崎市定京大名誉教授(故人)の説に従えば、西アジアはヒジュラ(622年)を以って、欧州はルネサンスを機に(14世紀頃か)、中国は北宋の成立(960年)にて「近世」の始まりとしています。

この説が妥当かどうかは議論の分かれるところですが、「近世」を「中央集権の始まりにして合理的思考の成立」と仮定すれば、欧州を除いて概ね成立すると思われます。

西アジアではイスラム教による領土的、言語的、宗教的統一が現実のものとなり、中国でも安史の乱(755年)以降の分裂と混乱を曲がりなりにも収拾したのが北宋です。

欧州は言語的統一も領土的統一も、古代ローマ時代まで遡る必要がありますが、中世を通じて宗教的統一はありましたが、ルネサンスの副産物は宗教改革ですから、「分裂傾向を強めながらの合理的思考の浸透」と言う特殊な経緯をたどります。

因みに日本の近世の始まりは、織田信長の出現を待たねば成りませんので、16世紀半ば乃至後半、信長を嚆矢として徳川家康による国家統一まだ押し伸ばせば1615年と言う答えになります。


近世への到達は早い程に有利とは限りません。

其処に至るまでに、或いは近世の何処かの時点で「部族制度」を清算する必要があります。

世界の殆どが部族制度から脱していないのが実情で、部族制度に従う限り、異なる部族に所属するものは部外者であり、場合によっては敵、或いは客人です。

そして部族制度を温存したまま近世に突入したのが西アジアで、宗教的統一と部族毎の分立が並存する格好となって現在に至っています。

この「現在に至っています」と言うことはすなわち、西アジアは未だ近代に至っていないことを物語っています。


宗教とは何か、突き詰めて考えれば「保険」だと考えられます。

部族間で対立していても宗教的統一を達成していれば、つまり宗教の下で一致団結出来れば、強力な外敵に各個撃破されません。

その代わり宗教的統一が部族社会を保護する形になるため、部族社会を解体したうえで近世に入った地域に遅れを取ることになります。


日本は織田信長の出現が近世の始まりであるのに対し、「近代」へ歩み始めたのは勿論、明治維新です。

ではお隣の中国はどうか。

960年の北宋成立が近世の始まりならば、その終焉は1840年の阿片戦争勃発です。

ですが1840年を近代の始まりとするのは誤りで、ここから文化大革命が終わった1980年手前頃まで、中国は「近世」でもなければ「近代」でもない、世界史上でも珍しい「退化」の時代に入ったのではないか、そう思われるのです。

(続く)
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by dokkyoan | 2012-03-23 00:54