火事場泥棒

第一次世界大戦は中国に於ける列強の支配力を弱める効果を果たしましたが、その空白につけ込んだのが我等が日本と米国でした。

しかも戦争の結果、ドイツとロシアが列強から脱落、大英帝国も疲弊が著しく、元気なのは日本と米国だけと言う状況が中国で出現しました。

米国が世界戦略らしきものを初めて描いたのは、第一次大戦が持久戦になることが分かった時点と思われ、中国に対しては資本投下と言う形でなされ、その受け皿が蒋介石と、浙江財閥に代表されるその周辺だったと思われます。

蒋介石が何故、北伐に打って出ることが出来たのか、その根拠地を中心に「ヒト、モノ、カネ」が充実したからで、背景には米国資本による工業化の進展が挙げられます。


大英帝国が軍事面であれこれと蒋介石の面倒を観たという説がありますが、それが仮に正しくても、租界や租借地を回収した瞬間から、それは有り得ません。

第一次世界大戦の最大の敗者、それは大英帝国で、「大英帝国を維持するには大英帝国が肥大化し過ぎた」現実が、戦争によって明らかになりました。

しかも時代は「海の覇者」から「陸の王者」の時代へ、これは蒸気船から鉄道(更には戦車)、軍事力で言えば「海主陸従」と言う、ある意味異様ですが植民地支配を可能にした軍事形態から、本来の戦争形態(つまり「陸主海従」)への回帰でもありました。(これがやがて「三次元の王者=超大国」の誕生へと繋がります)

中国に於いては、対戦前の完璧な「対中国列強包囲網」が崩れ、日米と言う「異邦人」が幅を利かす時代になりました。


話を北伐に戻しますが、北伐に際して蒋介石は日本に対し満州帝国の保全(=満州に於ける日本の利権承認)を確約していますが、これは当たり前の話で、北伐の目的が「租界や租借地回収=大英帝国の支配力低下」、「中国共産党放逐=米国は共産主義(社会主義)が大嫌い」、そして「生産性の高い国土中枢部分の確保」と「軍閥壊滅」にあるとすれば、これらは蒋介石の政治目標であると共に、米国の国益に沿うものであり、それを日本によってご破算にされては困るのです。(事実、日中戦争でその通りになりました)

小誌の定義では蒋介石は「小中華主義者」ですが、それは中国統一を諦めたことを意味する訳ではなく、事実、張作霖の馬鹿息子(名前失念)を焚き付けて満州全土に青天白日旗を翻させました。

小中華主義は漸進主義とも言い換えられる訳ですが、とすると中国共産党を含めた中小軍閥は「大中華主義」を唱えざるを得ず、しかも潜在的反米勢力の立場に置かれることになりました。

(続く)
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by dokkyoan | 2011-12-13 01:14