リビアとシリアと中国と

リビアでは反政府勢力が勝利したものの、カダフィ側勢力を一掃するどころか、「悪の張本人」カダフィ大佐本人すら捕縛できず、シリアではアサド政権の反政府勢力弾圧の勢いは一向に衰えそうにありません。

この事実を分析するうえで留意すべき両国の共通点は、イスラム教でも過去の植民地としての歴史でもなく、ましてやその中でも最弱の部類に属する仏伊を含めた列強(今では先進国と言います)の干渉でもなく、「部族」社会です。


リビアから検証しますと、宗教的対立は顕著ではないですが部族間差別が厳しく、しかも地縁と血縁が絡みますので、仮に最高権力者から近い順に「近衛部隊」、「親衛隊」、「国軍」と名付けますと、カダフィ大佐と同部族に属し、統一地域出身で血縁関係もある者で構成されているのが「近衛部隊」、それ以外の同じ部族者の集団が「親衛隊」、それ以外の寄せ集めが「国軍」で、部隊の装備も順を追って貧相なものになります。

仏伊を中心とするNATO軍が本格介入して以降もカダフィ政権側が戦局を有利に進めていたのは、「国軍」の装備では「近衛部隊」や「親衛隊」に太刀打ち出来ないからで、最新兵器を仏伊等が反政府側に大量供給して初めて攻守が入れ替わったのですが、それが事実とすれば武器の扱いに慣れていない反政府側の戦闘の主役は、フランスが誇る外人部隊か、カダフィ側も多くを募集していた傭兵に限られます。


珍しく中国以外の国を取り上げるかと言いますと、「兵器の操作は簡単ではない」のが鉄則で、複雑かつ殺傷力の強い武器ほど、高い技術の取得とそれに要する時間が求められます。(たとえ小銃とは言え、その壁を事実上取り払ったカラニシコフAK47の評価が高いのは同然ですが、紅軍にこの当時の最新兵器が渡っているとは考えづらいです)

ですから蒋介石本人は兎も角、浙江財閥や四大家族の少なからぬ部分は米国を手本にしていますから、兵器の国産化と言ってもそれは米国製の模倣と思われます。

重慶で逼塞している段階では、途切れがちにせよビルマ・ルート(援蒋ルート)で入ってきたのは英国製と米国製(但し前者が主と思われます)でしょうが、両者は比較的互換性が高かったのではないかと推測しています。

日本敗退後は米国の余剰兵器が国民党軍に流れ込んだでしょうから、蒋介石側は数量面でも操作性の面でも兵器の欠乏に悩まされることはなかったと思われます。

対する中国共産党、スターリンが国民党政府との条約を遵守して紅軍に軍需援助をしませんでしたから、扱い慣れているソ連製は終戦時点の在庫数量の域を出ず、全然足りないですから次に性能や操作性が分っている日本製の武器を求めて、敗退する日本軍を武装解除して身包み剥がす、革命軍と言うより追い剥ぎに似たことをしています。

国民党軍が中国共産党軍よりあらゆる点で優れていたのは、西安事件までの第一次国共内戦の推移を雄弁に物語っていますし、日本軍敗退後の10ヶ月間を経て内戦を再開した時点でも優劣は歴然としていたでしょう。

以上を総合すると、

「優勢な国民党軍の後ろ盾には米ソが控え」

「劣勢な紅軍を支援し得るのは英国のみ」

しかも英国の勢力が残っている香港、上海と、中国共産党の支配地域は隔絶していますから、これはもう「闇ルート」を使うしかないのですが、英国の選択肢は共産党だけではなく、残存する中小軍閥でも構いませんし、英国の要求を相手が呑んで履行遵守しないと意味がありません。


リビアやシリアは「縦型の情報閉鎖孤立型」部族社会であるのに対し、中国の宗族制度(氏族制度)は「横型の開放型」社会制度です。

ここに「突破口」があったのではないか、その突破口を作ったのは誰なのか、鍵はここにあります。

(続く)
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by dokkyoan | 2011-10-18 00:39