ひ弱なインテリ

ひ弱と言えばインテリ(知識層)、インテリと言えばひ弱と言うのが通り相場ですが、日本の場合は該当する個人に対する誹謗中傷に過ぎないのに対し、中国では生死に関わります。

辛亥革命前後、少数の例外を除き、インテリと言えば旧宗族階級出身者でした。

かつての宗族の多くは地主階級で、郊外の私有地(≒農地)には代理人を派遣し、本人や家族はその地方の主だった都市に住み、「花鳥風月」を嗜む文化人でした。

そして「北宋以降」の文民統治体制の確立により、軍事力(私兵)を大量に手元に置くことは止め、それらと分離する様になりました。

文民統治が成功したのは、財政権を宗族階級つまり官僚層が握ったからと言われていますが、実質的に統帥権を皇帝から奪ったからです。

ただ文民統治は軍部を黙らせるだけの補給や俸給の確保、人事権の掌握が必要ですが、それを裏付けていたのが皇帝の「絶対的権力」と言う幻想でした。

官僚に逆らえば皇帝への反逆になると言う大義名分で抑圧することになります。

その前提として皇帝が絶対的存在に祀り上げられながらも、実質的主権を官僚層=宗族階級に委任する必要がありますが、それ以前に皇帝が必要になります、権力の源泉がそれですから。

従って皇帝が存在しない中国は権力の源泉が無数に細分化されるおそれがあり、その点で権力の受け皿を用意しないまま「発生」した辛亥革命以降の中国は、「北宋以前」殊に後漢滅亡以降の中国に似ています。

すなわち、北宋以降清朝以前の中国人の理想の統治形態が、


皇帝

官僚(宗族階級)

胥吏 + 軍人

庶民(農民) (+ 裏社会)


であるとすれば、共産中国の統治形態は次の様になります。


(敢えて秘す)

中国共産党(劉少奇、旧宗族階級)

国務院(周恩来、胥吏階層) + 人民解放軍(彭徳懐他)

人民 (+ 裏社会)


この最上部に入れる人物を間違えました。

軍事力を持たない「ひ弱な」インテリは、平時でこそその手腕を発揮出来ますが、非常時には銃剣の扱いになれた者が重宝され、技術者は兎も角、文科系(=儒学)の学識や教養は二の次です。

結党当時の中国共産党の「ひ弱さ」を考察すべきです。

尚、蒋介石の「間違い」が何処にあるか、これも上述の政治形態から説明出来ます。

(続く)
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by dokkyoan | 2011-08-20 02:38