沖縄戦(を含め)再考

まずはご指摘に感謝申し上げます。

冒頭、まず沖縄県民に是非申し上げ、爾後心に刻んで頂きたいのですが、第24師団も同62師団も海軍陸戦隊もその他の部隊所属の沖縄守備隊「うちなんちゅう」は、故郷から遥か遠くの沖縄で死にたくなかったのです。

出来ることなら郷土で平和な内に埋葬されたかった、別に沖縄で悪鬼の如き形相で死線を彷徨うつもりは毛頭なかったのです。

それでも沖縄が「大日本帝国の一部」だから、そしてその地で戦う様、下命を受けたからそれに従ったのです。


過日、東日本を信じられない程の災いが襲いましたが、この惨事は県民にとって「やまとんちゅうが蒙った他人事」ですか、それなら沖縄独立を主張して下さい。

沖縄戦の犠牲者であれ、この度の東日本大震災の被害者であれ、命は等しく尊いです。

それは広島、長崎、東京大空襲、阪神大震災、日常の交通事故、崖崩れ、熊による襲撃、死因に関わらず亡くなった方の命は、老若男女を問わず等しく尊いのです。

そして残った者は各々の場所で全知全能を尽くして、それらの被災を二度と蒙らない様に未来に対して何らかの貢献をすべく等しく努力する、これに優る死者への供養は存在しないと確信しております。


沖縄戦以前の段階でも、県民が県外の人に対し含む所があり、県外人も県民に対して理不尽な言動をした点を否定するつもりはありません。

しかし今に至るも「沖縄が」「沖縄が」と言い募るのは、遠慮なく言わせて頂ければ大変見苦しく、「過去を楯に特権を強請すること」は、「うちなんちゅう」であれ東京電力首脳であれ、人間として尊敬される言動ではなく、その反動は次の世代に拡大再生産されて戻ってくることを肝に銘じて頂きたい。

そして心よりお願いしたい、「沖縄が」「沖縄が」と言うのとせめて同程度に、「日本が」「日本が」と語って頂きたい、同じ日本人と言う意識があれば。


小誌も微力ながら沖縄の戦いで落命された方々に「等しく」報いるために、後世に貢献すべく戦って参る所存です。


ガダルカナルを初めとして沖縄に至るまで、小誌が別紙にて申すところの日米「超大国の卵決戦」で両国が何をしてきたかと言えば、島嶼の獲り合いですがより具体的には(特に初期の段階では)「飛行場の設置、制空権の獲得」が目的でした。

その段階では「索敵」が最も必要とされました。

つまりこの段階では「海主空従」で、開戦で有利な立場に立つために索敵が重要視され、それが飛行場の必要性向上、そしてそれまで誰も知らなかったガダルカナル島争奪戦へと繋がっていきました。

小誌とご意見を頂戴した読者と当時の米国海軍は同意見に達したと思われます、「真珠湾攻撃は、たとえ空母全滅等、所期の目的を全て達成したとしても失敗だった」と。

(続く)
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by dokkyoan | 2011-03-16 00:14