眠れる獅子 ~近代化とは不眠不休の作業~

中国に対する西洋列強の攻勢も、1860年の北京条約で一段落し、当時の清朝(=大清)も西洋を見直す余裕を持つことが出来ました。

清朝はその後、洋務運動に着手しますが、ほぼ時を同じくして日本も明治維新を迎え、「富国強兵、殖産興業」を合言葉に近代化と西洋化に邁進します。

この時点で有利な立場にあったのは清朝の方で、やはり満身創痍でも大国は大国、軍拡競争となれば一日の長があります。

ですが近代化の「真髄」とも言える不断の努力と言う点では、日本が正しく認識していました。

ここに「洋務運動」と「(富国)強兵」の哲学の違いがあります。

洋務運動は文字通り「西洋化に務める運動」で、最終目標が明示されていません、強いて言えば「列強と戦って負けないこと」です。

対する「(富国)強兵」は日本に安全をもたらすべく、周囲で首位の座に就くことで、「相手が誰であれ、勝つまで強くなる」と言う明確な目標があります。

従って日本では「民力休養」、つまり強兵を速度を緩めてはと言う意見が出ても、中国の様に清仏戦争で互角に近い戦いが出来たと言う理由で、軍事予算を流用する愚挙を犯す者は居ませんでした。

そして日本に敗れた中国は地獄への坂道を転がり始めます。

(続く)
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by dokkyoan | 2011-02-24 16:52