世を毒する言動、空疎な報道・社説・論説等に遠慮仮借なく鉄槌を下します。


by dokkyoan

故郷恋しや

以前に「大中華主義」と「小中華主義」なる政治用語を造語(?)し、蒋介石は小中華主義者ではないかと推論しましたが、この思想は確かに時宜に適っていた側面もありますが、欠点も少なからず持ち合わせていました。

小中華主義は「まず国内の必要最低部分を掌握し、好機至れば列強の支配下地域も奪還する」戦略思想と規定出来ますが、「好機が至らない時には如何に責任を取るか」と言う問題を常に孕んでいますし、そもそも「相手が理性的」と言う前提が不可欠となります。

スターリンは理性的ですから、蒋介石政権と条約を結んでそれを(少なくとも当初は)遵守しました。

対して大日本帝国はどうか、「臣民にあまねく最低限の生活を保障」するために足掻いていたのであって、理性的に考える前に腹が減って倒れるのが落ちです。

つまり旧満州地区を支配した日本軍は、それで「衣食足りて礼節を知る」筈がなく、目の前に「中国の中枢地帯」があるのですから、これにかぶりつかなければ嘘です。

そもそも石原莞爾の神業的采配で「寡兵好く多を制す」、まさに理想的勝利を収めた日本軍に対し、中国人は如何なる印象を持ったか、「こんなケダモノに逆らうのは賢くない」でしょう。

そのケダモノが造った満州帝国では、平和なうえに日本の財閥資本が次々と投下され、日本人よりもむしろ現地漢民族、蒙古民族、満州族の「最低限の生活保障」が実現する有り様でした。

国共内戦で旧満州地区の争奪が焦点のひとつになっていたのは、それだけ日本が資本投下したからで、皮肉なことに当時の満州は中国最先端の工業地帯だったことになります。

この空腹と誠実さが混ざり合った奇妙な国と、蒋介石が折り合うには「日本が求める食糧や物資を提供する」、これしかありません。

それをしなかったのは蒋介石の失態以外の何物でもなく、更なる窮地に追い込まれます。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-06-11 00:05

流浪政権

当時の米英関係を詮索するのは非常に困難な作業ですが、険悪と形容して良い時期も在ったのではないかとの推論を立てるのも不合理ではないと愚考しています。

ご指摘のブレトン・ウッズ会議でも、ケインズ案を一蹴して金ドル本位制を呑ませ、今日の「ドル帝国」を築く礎を造ったのは米国の腕力でしたし、戦後の中東における米英の力関係を「五分の杯」にしたのも、政治的力学に拠ることは、過去にご指摘頂いた通りです。

ただ力関係の変化と言うのは、一時的であれ当事者間の秘密事項として扱われますから、イスラエル建国を阻止すべくアラブ諸国が攻撃したのは英国軍の撤退直後、アラブ人の認識では「ご主人様」は英国だったことになります。

中東地域での米英の「序列」に決着がついたのは、スエズ動乱でフルシチョフの恫喝に英仏軍が屈し、イランのモザデグ(表記はこれで良かったでしたっけ)政権の台頭と崩壊に伴い、イラン国内権益の英国から米国に移動した時期と思われます。

ですから相当期間、米英は協力しながら殴り合うと言う曲芸を、共産主義勢力そっちのけでやっていた訳になりますが、大まかに言って第一戦線(欧州戦線)は何とか協調体制が取れましたが、それは米ソ対立が顕在化してマーシャル・プランが立案されるまで、米国は欧州を「野放し」にしていたことになります。

そのマーシャル・プランも占領下の日本単独に対する援助と比べると薄っぺらいもので、この頃の西欧は「如何にしてスターリンの毒牙から逃れるか」と同時に、「如何にしてドル圏に組み込まれずに生き延びるか」と言う、まさに綱渡りをしていました。

大英帝国を更に疲弊させるための「未必の故意」が米国にあったとしても不思議ではありません。

第二戦線(中東)は上述の通り、ソ連も進出したかったでしょうが、米英と言う「先客」が縄張り争いをしているところに首を出すほど、スターリンは馬鹿ではありません。

そして第三戦線(東アジア)ですが、ソ連はさっさと退場していますので、主役は米英、脇役は国民党と中国共産党(そして残存軍閥)と言う構図になります。

その脇役ですが、「国民党は流浪政権で共産党は土着政権」と言えば、驚かれるでしょうか。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-06-10 00:29

米国の立場

米国政府が「門戸開放政策」の持論をお蔵入りさせたのは何時のことか、不勉強で存じ上げませんが、終戦直後のことではないかと思われます。

門戸開放政策の本質は「紳士的=非英国的な中国侵略」で、有体に言えばその後の世界各地で相次いだ「米国による英国利権の奪取」を意味します。

米国に中国関連利権を独占する意図があったかと言えば、やる気満々だったのは日本を占領し朝鮮半島南部を確保し沖縄には軍政を敷いている事実からも明らかです。

米国は戦争が終わると、周りの迷惑も顧みずさっさと兵隊を帰還させるのが特徴で、お蔭で終戦直後の欧州では、ベルリンまで突出したソ連軍に如何に対処するかで、英仏が頭を痛める羽目になりました。

焦点の欧州戦線においても可及的速やかに撤兵する米国が、何故日本に大兵力を駐屯させたのか、日本が敗北を受け入れたことは進駐軍にも明らかですから、日本を警戒してのことではなく、場合によっては「中国を独占する」つもりであったのではないか、そんな推測が浮上します。

遠からず国民党が中国を統一する、その際に過去の経緯も、踏まえ最も国民党統一政権に友好的な大国として接し、中国本土に米軍を駐屯させて利権を独占する、こう考えればマッカーサー率いる進駐軍の規模の大きさが説明出来ます。

日本から朝鮮半島南部を経て大連経由で旧満州地区を、天津から華北、青島から華南に手を伸ばせます。


となると最も困るのが英国で、租界や租借地を片っ端から取り上げた蒋介石憎しに加え、米国の中国利権独占も阻止せねば自らが蹴落とされる立場に追いやられました。

ですから中国共産党としては米国に後押しされた国民党を、英国は国民党を使って利権独占を図る米国が目障りですが、共産主義中国建国時に、真先に同国を承認した英国と、香港と上海の英国利権を認めた共産主義政権とは、太平洋終戦時には距離がありました。

これを結ぶ「放れ技」を誰がやってのけたのか、問題はその点に絞られます。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-06-09 00:37
自分さえ良ければ構わない、自分の地位と名誉と利権だけは手放さない、血縁者も含めてそんな軽侮にしか値しない日本人が、身の回りに増えていることを憂慮するのみです。

幸い、読者からのご意見を拝読していると、日本もまだ捨てたものではないなと安堵する時がありますが、行政府の長と国権の最高機関の構成員の思考力が低次元過ぎるのも事実です。

まあ、ご存分に日本を食い荒らして下さい、小誌の使命はその種の輩を根絶し、新しい日本構築の礎になることを心得ております。


「蒋介石を憎むもの」として長々と検証してきましたが、まず旧列強から纏めますと、太平洋戦争終結時に何とか残った米英ソの立場は、

ソ連:
中国共産党に本腰を入れて支援する気は皆無、地理的にも物資及び人員の大量輸送は無理。明らかに国民党寄りで、スターリンはおそらく中国共産党を異端視

米国:
疲労困憊でもまだ国力に余裕があったものの、戦争目的が「全体主義国家(枢軸国)」撃滅ですから、中国情勢に積極的に干渉する大義名分はなし。それでも最も共産主義が嫌いな国民性ゆえ、中国共産党を支援する理由も無し、戦争終結ともに大量に余った兵器を蒋介石側に引き渡したのは確か。

英国:
戦争を通じて租界や租借地は全て回収され、戦後になって万難を排して香港を取り戻し、HSBC上海支店の業務継続は勝ち取ったものの、過日の面影はなし。と言って「反蒋介石」から一直線に共産主義政党支援に政策を進めることは、保証が無ければ危険この上ない行為で、ましてや中国全土を赤化して米ソの進出を阻み、己の利権だけは護ると言う芸当は、裏社会に通じていたこの老いたる「海の覇者」以外に出来ない。


太平洋戦争後の国共内戦では、国民党や共産党、そして地方弱小財閥に対して軍需物資を送って支援することは有り得ても、軍事介入の能力または意思は期待出来ない状況下にありました。

しかも補給が最も困難なのは延安、普通なら勝てません。


この矛盾を解決するには、「地域別反蒋介石の熱気」、「階層別動向」、「共産党の紅軍の実態」を解き明かす必要があります。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-06-03 07:47
日本時間の6月2日、内閣不信任案が採決されますが、この勝負、菅直人(敬称略、以下同)と小沢一郎との力比べと理解するならば、その結末は明らか、小沢一郎の圧勝です。

不信任案が可決された場合、解散総選挙になれば「民主党」の看板を背負って戦う候補が不利なのは明らかなのに加え、小沢党(仮称)は人材に事欠きません。

過日の(統一)地方選挙で民主党公認候補は多数「討ち死に」しました。

例えば名古屋市議会選挙では、民主党候補の「生還率」(当選者数÷候補者総数)は40%、逆に言えば「致死率(落選率)は60%と言う凄まじい惨敗ぶりです。

大阪府議会、市議会選挙でも同様で致死率は50%を上回っています。

今回の地方選挙において民主党候補の致死率が高いことは全国的な傾向で、この惨状に対して何ら責任を取らない党中央に対する落選候補とその後援組織の怨念は想像を絶するものがあります。

ですから小沢党から出馬を打診されれば応諾する人物は必ずいる筈で、従って理論的には300の小選挙区全てに小沢党は候補者擁立が可能です。

菅直人とその周辺の「頭でっかち」が分かっちゃいないのは、小沢一郎だって普通の人間で、「ブタ箱には入りたくない、総理大臣になりたい」との思いは人一倍切実で、しかも汚職問題で追い詰めたことで総理大臣と言う事実上の不逮捕特権を手に入れることが、ブタ箱に入らない必要条件になりつつあることです。

対する菅直人陣営、総選挙になったら小沢党の選挙区に「刺客」を送ることが出来るか、無理な話で「民主党」の看板を背負って人生最大の勝負をする馬鹿はおらず、しかも今最も「反民主党」なのは皮肉にも民主党地方組織です。


菅直人陣営が如何に世事に疎いか、これは「衆議院が千切れれば、参議院も千切れる」と言う、当たり前の鉄則を見逃している点で、仮に公明党を含めた中小政党を取り込んでも、参議院小沢党がそれを上回る勢力を確保出来れば、民主党は「衆議院で3分の2以下、参議院で過半数割れ」と言う、全く法案が通せない状態に陥りますが、これを日本語で「死に体内閣」と言います。

要は「票読み」と「選挙」と言う、小沢一郎の最も得意とする分野で「頭でっかち集団」が勝負したことが間違いなのです。


ところで、中国の温家宝首相が来日してから倒閣の動きが俄然勢いを増してきたのは偶然でしょうか。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-06-02 02:56
満州事変から太平洋戦争まで戦ってきた日本人の「対外感情」は、相手国によって微妙に違います。

米国に対しては完膚なまでに叩きのめされたので、その点では納得出来るのですが、やはり人的及び物的損失は国民の心を癒すうえで障害となって今に至っています。

現在も少なからぬ報道媒体で「反米論調」が幅を利かせているのは、「戦争で米国に負けれ悔しい」と言う感情と、終戦直後の混乱と屈辱、それでいながら米国に従属したことで展望が開けたことへの喜びと戸惑いがないまぜになって、心中で整理出来ていないのです。

ですから米国人に対しては「敗戦は受け入れ難い事実であり、多くの日本人がそれ故に反米感情を抱き、米国の衰退を秘かに望んでいる。しかし今の日本を容認したのも米国であり、安全保障を初めとする諸条約を完璧に遵守するのみならず、米国が本当に苦しんでいる時は全身全霊を以って助ける」と言えば、感情と行動を区別出来る米国人は理解してくれると思います。

英国やフランスは内心、日本に負けた意識があり、しかも「持たざる国」に敗れた「持てる国」ですから、その衰えを殊更、声高に主張するまでもないでしょう。

ロシア(旧ソ連)はいずれ崩壊します、その時に領土問題は決着させましょう。


蒋介石が二流政治家でないことは、日本の敗戦に際して「大日本帝国軍の蛮行を怨まない訳ではないが、それについては大国として矜持を以って対処する」との発言によって、日本人に軍事力では優っていたものの、精神面では及ばなかったと言う意識を植え付けた点からも理解出来ます。

日本人も己が「暴」であったことは百も承知、「喰って行けない」と言う切実にして悲痛な国民世論が、軍部を大陸進出に駆り立てたのです。

ですから日本は加害者であることを重々認識していますし、兎に角、良心は腹が一杯になってから取り出そうと考えていましたが、敗戦とそれに続くこの蒋介石発言で、「相手の方が大人」と認めざるを得なくなりました。


勿論、蒋介石も慈善事業家ではありませんから、そして日本が再び立ち上がらない保証もありませんから(現実に経済大国として甦りました)、日本人の対国民党感情を徒に刺激するのは愚策ですし、蒋介石の「小中華主義」からすれば、日本は中華の圏外で大人しくしてくれればそれで充分と言う結論になります。

ですから所謂「列強」の内、日本は敗戦国のうえに「蒋介石を憎みし者」にはなり得ません。

勿論、中国戦線でも多数の死傷者を出していますが、蒋介石発言はそれを補って余りある内容でした。

米国は対日戦で疲労困憊、そもそも戦争目的が「全体主義陣営の覆滅」であって「東アジアの赤化防止」ではありませんから、枢軸国の一角たる日本を占領出来れば、それで目的は達成出来ます。

換言すれば、それまで「門戸開放政策」などと言いながら、中国市場への参入を果たそうと散々、あの手この手を駆使してきた米国が、大英帝国(香港を死守、上海のHSBC支店も業務継続)に切実の面影無く、残るソ連は蒋介石と手打ち、中国共産党を見放しています。

この好機に中国を自己の「縄張り」に強いて編入しようとせず、放置しました。

米国の本当の狙いは日本だったのではないか、そんな妄想すら浮かび上がってきます。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-05-28 11:02

ヘロヘロながら復帰

あんまり口実を作って怠けていると、今までの「成果(?)」すら帳消しになる様な気分になってしまいます。

何でこんな難しい問題に挑んでしまったのかと泣き言の一つの言いたくなりますが、泣き止んでから再び歩みを始めるのが、己に課せられた使命と信じて進む所存です。


自衛隊に72式戦車が配備された時、それを見たイスラエル陸軍将校は「完璧だ、完璧なおもちゃだ」と言い放ったそうです。

結果的にせよ、皮肉にもイスラエルが模範としたのは、ナチス・ドイツのブリッツ・クリーク(電撃戦)で、その最優等生であることは、1967年の第三次中東戦争(六日間戦争)で遺憾なく証明されました。

ですから航空機と戦車の立体的運用の第一人者であるイスラエル将校の酷評は、日本の戦車製造思想に何か根本的に欠如しているものを、当人の直感が探り当てたからだと思われます。

日本人が戦車造りが下手、或いは戦車軽視の考えに傾くには、それなりの歴史的背景があります。

その証拠に、民生用を含めて航空機の開発には米国から今でも横槍が入りますし、艦船についても護衛艦(≒駆逐艦)までしか作らせて貰えません。

それに対して戦車はかなり早い時期から「純国産」、実戦を通じて日本の強みと弱点を知悉せざるを得なかった米国にしてみれば、太っ腹な態度ですが、裏を返せば「日本製戦車は古今大したことはない」と言っているのも同然です。

ここからはWikiのお世話になりますが、サイパン島失陥の後、日本海軍の硫黄島攻撃隊はサイパンの米軍基地を爆撃機で繰り返し叩いて、虎の子のB29を潰しています。(終戦直前でさえ、硫黄島~サイパン間の往復能力があったことになります、ガソリンさえあれば)

また硫黄島に迫った、航行中の米国艦船に対し、擂鉢山から砲撃して複数の標的に被弾させたのは、硫黄島の守備隊でした。

「日本人は貧弱な装備で戦った」と言う輩がいますが、軍装が貧弱か立派かは相手との兼ね合いで判断すべきもので、日清戦争に始まり、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変、支那事変(日中戦争)、そして太平洋戦争に至るまで、質量両面で劣っていた戦いはあっても、両面で優位であった戦争はありません。

要は「戦車の存在意義が得心できない、何故必要なのか分からない」と言うのが大日本帝国陸軍の本音ではなかったのでしょうか。(実を言うと小誌もよく分からないのです)

その考えの背景には「見敵必殺」つまり異常なまでの命中率の高さがあります。

日清、日露の開戦で帝国海軍が勝利出来たのは、ひとえに巧みな用兵術と命中率の高さでした。

陸軍にしても敵艦隊の母港の後背地から山越しに艦船を狙い撃ちするという発想は、高い命中率あってのっものです。


ノモンハンでは最弱と言われた小笠原師団をソ連軍と対峙させるのですが、その小笠原師団の予想以上の善戦に業を煮やしたソビエト中央が戦車を含む重火器を大量に現地へ輸送し、そのために師団は壊滅状態に陥るのですが、その時関東軍中枢は、ソ連軍が調子に乗って追撃することを手ぐすね引いて待っていたそうです。

軍人は時に大言壮語しますが、その職務上の判断に嘘は混じりにくい職業です。

ですから敵主力装備の性能が判明した以上、進撃してきたソ連軍を叩きのめすのが可能かどうか、「誤算」は有り得ても「読み違い」はないと思われます。

ですから帝国日本軍の模倣すら出来なかった「重慶」君や「延安」君、今でも戦車の下手なら砲術も落第点、飛行機を飛ばすのも危うければ歩兵部隊に「吶喊攻撃」など期待できる筈もなく、日本が苦手な部分だけ忠実に継承しています。


日本敗戦後の国共内戦は、一種の「篭城戦」と考えるべきかも知れません。

延安を抜かれた紅軍はその背後の山岳地帯に「籠もり」ました、「篭城戦」ならぬ「籠山戦」です。

篭城戦で勝算があるとすれば、攻撃側にその城を抜くだけの戦力がない時、そして援軍が来て敵包囲軍を外巻きに逆包囲した時で、「籠山戦」では紅軍の方が補給に苦しみますから、国民党軍を後ろから刺す(複数)の存在が必要になります。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-05-25 06:26

暫しご猶予を

道義的、或いは経済面も総合して今の優先順位を言いますと、


肉親の看護、看病、原状回復支援

本業

メルマガ

小誌を含めたメルマガ(何とか稼働中三誌、放ったらかし四誌)


なのですが、中国関連は生半可な気持ちでは出来ないほど、正直言って入れ込んでいます。

歴史の真髄に迫る、これを己の「天命」と理解していますので、脳漿を絞るとはこれを言うのかとの経験を散々させて貰っています。

今も書きたくてウズウズしていますが、多分後々反動が来ますので、今日はこの程度で。

小誌執筆者
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# by dokkyoan | 2011-05-18 04:50

ワリヤーグ

日本には軍事オタクが多いそうですが、中国では軍人が軍事音痴なので困ったものです。

ロシアから購入した「中国初の空母」ワリヤーグ、写真を観ただけで頭が痛くなります。

もう少し「戦争下手」を根本治療しないと、日本の「職業保守」が全員、失業してしまいますから。


http://j.people.com.cn/94474/7364337.html
空母はすでに斜陽兵器?


小誌は文系ですので詳しいことは分かりませんが、このワリヤーグなる空母を称する艦船(それにしても、誇り高き中国が名称を変えないのは不思議です)、甲板(滑走路)を延長し、しかも緩やかながら上向きに勾配をつけています。

こんな珍妙な「航空母艦」、日米英の技術者に作れと言ったら首を括ります。

小誌如き理系馬鹿でも分かります、中国の空母艦載機は、平板では発進の際に充分な浮力と揚力が得られず、着艦においてもこの距離の平板では飛行機が墜ちてしまわないか心許ないのです。

発進の場合、カタパルトに問題があるのか機体の耐久性に課題を残しているのか、おそらくその両方でしょうが、着艦の際も強制的に停めるだけの技術を持ち合わせていないと断言できます。

ついでに言えば、そんな艦載機の性能、高いとは思えず、空母艦載機は多くの制約から性能を落とさざるを得ませんが、中国の戦闘機や爆撃機はそもそも性能が低いうえ、艦載機だからなおのこと性能を削っていますから、「レシプロのゼロ戦よりマシ」程度じゃないかと思われます。


中国人は口は達者ですが、喧嘩は本当に弱いと思います、少なくとも日本人的観点からすれば。

「超大国の卵」たる大日本帝国軍が、中国全土で実地教育したにもかかわらず、国民党軍と中国共産党軍(紅軍)と言う劣等生連中は、全然その真髄を会得出来ませんでした。

ですから60年以上を経ても空母を「輸入」し、それに下手な小細工を加えて事足れりと考えています。

日本もかつては大英帝国から軍用船を購入していましたが、自力開発のメドが立つや、あっさり英国を袖にして日英同盟破棄の遠因を作っています。

英国が怒るのも分かりますが、「自国製で少なくとも負けないものが造れる」となれば、国産に踏み切るのが心情で、悪いのは外務省です。(小誌は特に岡崎某が大嫌い)

日本人はこう言った技術の点では嘘をつきません、戦前も戦後も。

ですから「高い技術力と工業力」を兼ね備えた「もう一つの超大国の卵」米国を畏怖した訳で、日米決戦は勝算が断たないのは当たり前、誤算はその「余剰生産能力」で、これだって外務省の情報収集能力を槍玉に挙げるべきと思います。


国共内戦に関して流布する通説で、「米軍が国府軍に送った兵器は少なからず共産党側に横流しされた」と言う主張がありますが、どうやってそれだけの兵器を運び込むのか、物理的に可能かから検証すべきと思いますが、それ以前にAK47カラニシコフの存在を考えれば、こんな珍説、検討するに値しません。

ロシア民族が産んだ数少ない「国際競争力のある商品」、AK47とその系統を引く小銃が今でも全世界で求められているのは、「精度で劣っても馬鹿でもすぐに使えてしかも故障が少ない」と言う、稀有な利点があるからです。

換言すれば「通常の兵器を使いこなすには一定時間の訓練が必要で、重火器になるほどその時間が長くなる」訳で、日本製とソ連製の武器に親しんでいた紅軍にとって、最新の米国製武器は存在しないに等しいです。

考えてみれば、蒋介石軍は援蒋ルートや戦後の補給で、米英製には慣れ親しんでいたでしょうが、共産党軍は、下手をすれば最も日本製に詳しかったのではないか、そう考えることも可能です。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-05-10 01:52

国共劣等生合戦

世の中には「相場」と言うものがありまして、少なくとも欧州近代史において軍事的最弱国と言えばイタリアが「通り相場」で、その次はフランス、ですからフランス人はナポレオンを崇拝します、「あの時代のフランスは最強だった」と。

その最弱国同士が手を組んで、空爆のみでリビアを叩こうとしてもそれは無理な相談と言うもの、イタリアなんて第一次世界大戦時、同盟国側から協商国側に寝返った時も、ドイツの凡将ファルケンファインをして、「敵に回った方がドイツの負担が減る」と皇帝に上奏させているし、第二次世界大戦でもヒトラーは軍事力の点でイタリアよりも日本の方を買っていました。

フランスに至っては近代史以降、ドイツ(プロシア)に殴られっぱなしで、「国破れて勝利あり」(第一次大戦、第二次大戦)ならまだまし、「国破れて敗北あり」(普仏戦争)の場合もありますし、それ以外に絶えず恫喝を受けています。

結果的には兎も角、フランスがドイツに勝利したのはナポレオン時代が最後で、ドイツに水を開けられる度に反独感情が嵩じて、それがナポレオン崇拝に繋がります。


東洋では中印でしょうか、特に中国の弱さが目立つ一方、強いとの評価が定着しているのがグルカ兵(ネパール)。

英国が常にグルカ兵を伴って戦闘(陸戦)に臨むのも、その勇敢さと接近戦での戦闘能力の高さ、そして忠誠心の強さに対して最大限の信頼を置いているからで、その点、グルカそのものが日英同盟時の日本に似ています。

アフガンもグルカに負けず劣らずなのですが、民族対立以前に部族間反目が強く、軍隊に不可欠の結束力が皆無で、使い物になりません。

日本は「最凶の狂犬」だと思えば宜しいのではないでしょうか。

その脇腹に「平和主義」なんて描いてあっても誰も信用しません。

だからその時々の筆頭列強が「首輪」をかけます、「海の覇者」大英帝国、そして「超大国にして空の支配者」米国です。

その意味で、大英帝国に強いて日英同盟を破棄させた米国の政策は、「最凶の狂犬」の首輪を外して世間に解き放ったのと同じで、その矛先(牙先?)が向かったのが、言わずと知れた中国です。

面白いのは、日英同盟においては大英帝国軍は日本に駐留していませんでしたので、大日本帝国は同盟破棄以前の段階から、その精神を踏み越えた行動をとります。

これは駐留英軍なるものが存在しなかったため、日本の行動に歯止めを欠けることが出来なかったからで、今の日米安全保障条約(付属条約も含む)で駐留米軍の存在が認められているのは、日英同盟の反省を踏まえれば当然とも言えます。


日本の「狂犬ぶり」を余す所なく味わったのが、その遠因を作った米国で、太平洋戦争、殊にペリュリュー、サイパン、硫黄島、沖縄と、戦争そのものの帰趨が明らかになるにつれて勝者が満身創痍になると言う、米国の「謀略」なるものが思い通りに実現していたとしても、「日本を支配下に置くことが太平洋戦争の最大目的」とでも解釈しなければ、全く割の合わない結果を甘受せざるを得なくなりました。

この狂犬との戦いで、米軍の消耗著しく、しかも海上輸送(船舶)だからこれだけの人員物資が運べた訳で、一部ご指摘の様に、石油(ガソリン)が余っていようがいまいが、(効率の悪い)陸上での補給に果たして当時の米軍が耐えられたかと言えば、少なくとも検証は必要と思われます。

しかも米国は軍事面で首輪を嵌めたものの、経済面では野放しにしたため、その総力を後者に注いで何時の間にか経済大国となり、勢い余ってバブルの時期には首輪を嵌めた側の米国を呑み込みそうになったので(しかも本人は無意識でしているのが怖いです、米国人を含めて外人は絶対に信じないでしょうが)、慌ててその頭を抑えて現在に至っています。

日中「戦略的互恵関係」も、中国が「五分の杯」と言えば本音は「相手が兄貴分」ですが、その様な苦杯を飲み干したのも、現実を見据えた冷徹な判断だと思われますが、一面で「こんな経済的狂犬と同じ土俵で戦えば、少なくとも現時点で食い殺される」と言う正常な恐怖感が働いたと思われます。

その意味で日本と同じ土俵に立とうと無理を重ねる韓国とサムスン、将来はありますかね。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-05-05 23:24

それぞれの「国共内戦」

日清戦争以降(阿片戦争以降とすべきでしょうか)、第一次世界大戦前夜に至るまで中国(清朝→中華民国)を苛め抜いた列強は、大英帝国、帝政ロシア、帝政ドイツ、フランス、そして我等が大日本帝国でした。

これだけの列強が勢揃いしているのですから、「門戸開放政策」を掲げる米国の入り込む余地は全くありませんでした。


米国は大英帝国と喧嘩別れする形で自立した国ですから、多分に「反英非列強」的です。

大英帝国の外交政策(及び植民地政策)に象徴される、列強諸国の「非人道的かつ好戦的な」行動には、確かに心と体は激しく反発します。

しかし本能は例外で、誰でも美味しいもののお相伴に与りたいものです。

この「門戸開放政策」なるものの正体は、「汚らわしい列強扱いして欲しくないが、中国権益は少し分けろ」と言う、誠に珍妙にして虫の良い寝言だった訳でして、列強が相手にする筈はありません。


しかし第一次大戦後、独露が列強から脱落、フランスも最早中国に於いて既得権益を主張出来るほどの国力は持ち合わせていませんでした。

とすると残るは、疲弊しながらも「海の覇者」として君臨する、上海と香港から侵略の触手を伸ばしてきた大英帝国、火事場泥棒を悪いと思わない大日本帝国ですが、こうなるとこうなると「夢想主義者」米国が口出し出来る余地が出てきます。

と言っても帝政ドイツの中国権益は列強が山分けしましたし、帝政ロシアを継いだソ連は領内に「引き篭もった」だけで、それまでの獲得物を返却した訳ではありません。

英仏も中国をしゃぶりつくす余裕がなくなっただけで、退場した訳ではありません。


大隈重信が袁世凱に対しあまりにもえげつない要求を突きつけたことで、「反日」は叫んでも決して罰せられない、中国人にとって唯一の政治用語となる一方、列強も黙っていられなくなり一種の「反日包囲網」が出来た訳ですが、その包囲網に米国も参加を許され、これがひいては「日英同盟破棄」に繋がります。

袁世凱が死んだのは1916年、その後中国は「軍閥割拠」の時代を迎えますから、ホッブスの唱える「自然状態=万人の万人に対する闘争」に近い無政府状態が出現しますが、この自然状態に近づけば近づくほど収奪する側からすれば「旨み」がなくなります、経済活動に従事する人間が減りますから。

ですからこの時代、列強による侵略は姿を消し、「専守防衛=既得権の確保」を優先させます。

ここで主役に躍り出たのが蒋介石、その勢いは列強の権益回収が可能と思われるほどに強力でした。

つまり「蒋介石=既得権益を取り上げる悪魔」なのですね、列強からすれば、日英からすれば。

この状況下で大恐慌が襲来、世界がその災いに苦しみましたが、アジアにおいては侵略している側(日本)がされている側(中国)より貧乏と言う、これも誠に奇妙な現実が生じました。

英仏は他に収奪対象がありましたから、中国においては現状維持が当面の目標です。

日本は違います。

「既得権益を手放すなんて論外、むしろ利権の新規開拓をしないと国難が乗り切れない」、これが当時の帝国の総意でした。

まず満州事変を通じて満州帝国を建国し、利権を国際法的に認知させます。

此処までは大英帝国も米国も口出しできません、事実上の「縄張りの明確化」ですから。

ですがその後の戦いは違います、列強間の最大の「お約束」を破りましたから。


列強各国が蚕食する地域においては、日露戦争や第一次世界大戦に代表される列強同士の争いを例外として、相互の権益は尊重されねばならない、この一線だけは譲れないのにわが帝国陸軍はそれを蹂躙しました。

人を前に進ませる最大の動機が飢餓感であることを如実に示す事例ですが、上海まで奪ったら大英帝国の重要な権益を略奪したことになり、日本人も馬鹿でないですから分かっててやっています。

そして租界、租借地と言う名の権益は、大日本帝国の手を経て汪兆銘南京政府に受け渡され、日本の敗北と共に蒋介石の手に落ちました。

英国としては腸の煮えくり返る思いでしょうが、大英帝国を踏み台に日本は「進化」します。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-04-30 22:34

少し「賀」は置いといて

太平洋戦争が終結したのが1945年8月、国共内戦が再開されたのは翌年(1946年)6月、そして蒋介石が敗戦を覚悟したのは遅くとも1948年秋、何故そう断定出来るかと言うと、故宮博物院から「美味しい部分」だけ厳選して台湾に運び込んだのがこの時期だからです。

北京を堅持する自信があるなら移動させませんし、国土の南半分でも維持出来るのであれば首都南京で保管すれば良く、「化外の地」まで運び込むことはありません。


戦後の国共内戦も国民党軍の圧倒的優位で始まりますが、この戦いは少なくとも当初は「国民党軍」対「軍閥の残滓」対「紅軍」で、蒋介石は軍閥の残り滓も中国共産党も抹殺するつもりであったと考えて差し支えないでしょう。

纏めて叩き潰すつもりでしたから、延安は瞬時に陥落、共産党側は山岳地に敵を引きずり込む策略だと強がりを言っていますが、そんな所に「誘い込んだら」、食糧や軍需物資の補給も不可能ですから、その前に共産党軍が自滅してしまいます。

ですが内戦再開から2年で蒋介石の方が負けを悟りました。

共産党は軍閥とも妥協して共同戦線を張ったかも知れませんが、蒋介石>>共同戦線ですから、緒戦では各個撃破が現実だと思われます。

ただ唯一、蒋介石が負けるとすれば、それは「後ろから差された」場合です。

つまり「蒋介石を憎みし者」の正体を暴く必要があります。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-04-26 00:49
と言いつつ、少し米国に寄り道しますが、この国は地域間の対抗意識が意外と強く、シカゴとニューヨークの関係もあまり穏やかでないらしいです。

ある経済書の後書きを読んでいた時、その人物がたまたま逗留したアパート(マンション?)の名称が「ニューヨーク、ニューヨーク」、そのことを大学の同僚や学生に話すと、日本人にしては特上のジョークだと言われたそうですが、それが事実だと分かると今度は顔を見合わせて大爆笑になったそうです。

正直言って、その感覚が分かった様な分からない様な印象を持ちながら、今に至っています。


延安は重慶と比べてまさに「無い無い尽くし」の状態に置かれていました、ただ一つの例外を除いては。

援蒋ルートは「無い」、兵力も装備も「無い」、食糧も「無い」状態です。

その代わり、この「共産党と言う名の引き篭もり集団」は、日本軍の攻勢や絨毯爆撃に遭遇することもまず皆無でした。

しかも当時、その少し以前ほどではなくとも、地方には小粒の軍閥が健在でした。

「小粒」と言っても兵力では紅軍に優っていましたから、侵入してきた共産党集団を蹴散らす程度の実力は持っています。

つまり当時の戦闘能力を図式化すると、

日本軍(満州帝国、汪兆銘南京政府を含む) > 国民党重慶政府(蒋介石) >> 地方小粒財閥 > 中国共産党(延安)

となりますから、誰も相手にしないし、スターリンだって延安みたいな過疎地に引き篭もられては、たとえ援助する意思があったとしても無理ですから、延安に籠もった連中は馬鹿にしか見えなかったでしょう。


中国共産党だって延安なんかを根拠地にしたくなかった筈です。

選択の余地が無かったのです。

国民党軍に追い回されるは、地方軍閥に小突き回されるはで、まさに流浪するイデオロギー集団ですが、その過程で定住の条件は整いつつありました。

流浪末期の紅軍は兵員も激減し、物資の補給もないため、軍隊の体をなしていなかったと思われます。

ただ戦闘経験は数を踏んでいます。

これって用心棒なら使えます、或いは友軍(消耗兵)として。

そしてここでもう一つの必要条件が揃います。

「賀」です。

(続く) 
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# by dokkyoan | 2011-04-21 12:42
オバマ大統領の再選の目は、このままでは皆無です。

「ごーるどまん・さっくす」は確実にヒラリーで勝負してきます。

民主党予備選で勝つのはおそらくヒラリーですが、その時に備えての「切り札」がシカゴです。


米国大統領選挙は各州の選挙人団を奪い合う制度になっていますが、人口の多い州ほど選挙人団が多く、順不同で列挙しますと、カリフォルニア州、ニュー・ヨーク州、テキサス州、フロリダ州、そしてシカゴを擁するイリノイ州です。

参考までにニュー・ヨーク州はヒラリー女史の地盤、対するイリノイ州がオバマ大統領の出身地で、仮に民主党予備選でヒラリー国務長官に敗れても、独自候補として出馬しイリノイ州を本選挙で死守すれば、テキサス州とフロリダ州をおそらく共和党が獲得するでしょうから、ヒラリー女史の勝利を阻止できます。

厳密には選挙人団の過半数を獲得した者が米国大統領に選出されますから、下手をすると共和党も民主党も過半数を握れず、ここでオバマ候補の選挙人団が漁夫の利を獲る公算も無きにしも非ずです。

2012年の選挙は通常と異なる、異例の事態の連続になる可能性もあります。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-04-19 00:49
西洋政治哲学の根幹をなすのはホッブスが定義した自然状態、すなわち「万人の万人に対する闘い」で、これを言い換えますと「無政府状態」と言います。

この無政府状態ほど、統治機構が忌み嫌うものはないのですが、短い間隔を置いて二度に亘って広い範囲で無政府状態が比較的長期間続いた(続いている)にもかかわらず、ホッブスの定義する「自然状態」がいずれも発生しなかったのが、他ならぬ日本です。(政府の拙劣な対応に堪忍袋の緒が切れて暴動に発生する可能性はありますが)

日本と言う国は、西洋政治学の公理とも言うべき鉄則を否定する異色の国で、労働者が資本主義に対する闘争を粉砕した例すらあります。


JRがまだ分割民営化されず「国鉄」と名乗っていた頃、労働組合の一つ「動労(略称)」が遵法闘争と言う名の、大規模かつ組織的な業務遅延行為を定常的に実施し、お蔭で多数の乗客がすし詰め乗車やダイヤの乱れに苦しんでいました。

遂に堪忍袋の緒が切れた乗客が起した暴動が「上尾事件」であり「大宮事件」で、両事件とも広範囲に波及したにもかかわらず、怒りの標的になったのは乗務員等の国鉄関係者で、暴力を振るった側は無名かつ無数の老若男女、電車に乗っているから殆どは「プロレタリアート」です。

或いは万の単位で乗客が暴動を起し、大宮事件は38駅に波及したにもかかわらず、完全な無政府状態が相当時間に亘って現実のものとなったにもかかわらず、国鉄関係者はボコボコにされたかも知れませんが、沿線の住宅街が襲われた訳でもなく、女性が無差別に強姦された事例も報告されていません。


日本人は知っているのです、無政府状態になったら大人しくするのが、全員の利益を最大化(或いは「損失を最小化」)」することを。

そしてどうしても暴力に打って出なければならない場合は、「目的(粉砕対象)を限定して暴力行為に及ぶ」と言うことを。

上尾や大宮の事件の「首謀者=参加者全員」の要求は、「国鉄職員よ、ちゃんと働け、時間厳守は仕事の基本だろ」これだけでした。


以上から導き出される日本人の考えは、「特に勤労を阻害する行為は何人たりとも許されない」、「暴力はその目的が限定され、かつ正当性が認められた場合は正当化される(暴徒化した乗客は、盗みを働いた不届き者等を除き皆無)」と言うことで、今の民主党政権に対する目的限定的無法地帯の発生の可能性は、大いに有り得ます。


これが日本以外であれば、震災であろうが暴徒の発生であろうが民族対立であろうが「無政府状態=最悪の事態」が出現します。

しかもこの無政府状態、すぐ隣に存在し得る代物で、中国では帰省列車で拉致されるなんて、日常茶飯事と言っても問題ないでしょう。

拉致されるのは大抵女性、男性を拉致するには相応の計画を練るか、それよりまず相応の腕力が必要です。

拉致する理由は「学校の先生(=字の読み書きが出来る人物)がいないから」なんて理由が多く、或いは嫁取りも兼ねている場合もあり、なんだか切なくなってきます。

上尾や大宮駅で乗務員を半殺しにした乗客の誰もが、後続の予備軍を含めて激情に駆られつつも己を律していましたが、それは世界史でも有り得ない行動なのです。


日本で統計を取ろうが、中国で聞き取り調査をしようが、「延安と重慶のどちらに住みたいか」と言う質問(必ずどちらかを選ぶ)を出されたら、まず重慶が圧倒的勝利を収めると思われます。

四川盆地を後背地とし、交通の要衝でもある大都市重慶を、蒋介石は日中戦争で選択しました。(他に選択の余地がなかったのも事実ですが)

余談ですが、重慶と南京は可哀想な都市で、両者とも「国民政府の(臨時)首都と言う不名誉な地位に甘んじた」、南京はそのうえ「日本軍に屈しその支配下に入ったのみならず、汪兆銘政権の首都としての立場を担った」訳で、共産中国では何かと冷遇されています。

これらの都市で反日感情が強いのは、一種の「名誉回復運動」の一環で、これらの土地の人々も日本に買い物に出かけたら大人しく日本の習慣に従っている筈です。

ついでに言えば、列強が作った様な街、上海が厚遇どころでない扱いを受けているのは何故か、これを解明しないと共産主義中国の「原点」が見えてこないと愚考しています。


話を戻して、環境の良し悪しは必ずしも未来の良し悪しと直結しません。

重慶は結果的に「台湾の予行演習」の役割を担わされました。

日中戦争に敗れた蒋介石は、200万の兵力と共に台湾に籠もりました。

その後の台湾の歴史はご存知の通りですが、重慶はこれに「日本軍の絨毯爆撃」が加わりました。

日本軍が重慶を主敵としたのは、そう看做すだけの軍事力を備えていたからで、延安で「引き篭もり状態」にある共産党なんか、放っておけば消滅するとの点で、日本軍と蒋介石政府は見解が一致していた筈です。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-04-18 01:17
国内報道機関の米国特派員は大抵、ワシントンかニュー・ヨークに滞在しています。

それには様々な理由があるでしょうが、日本からみた、厳密には観る必要があると判断している米国は、「軍事大国」としての米国でもなければ、現代文明の最先端を行く米国でもなく、結局はドル相場と株式市場のことだからです。

たまに銃の乱射事件が発生したら、さも怖ろしいかの如く報道されますが、それぞれ理由は異なるものの、米国とスイスは、国民に銃の保有の自由を認めている以上、銃による事件は不可避と覚悟したうえで、それでも原理原則にこだわっています。

米国独立戦争(米国では「革命」と捉えているらしいですが)は「民兵」が銃を携えて大英帝国派遣の正規「軍」と戦って、これを追い出して達成したものですから、銃保有に対する規制はこの「革命」そのものを否定しかねない論理です。


時に「ジュー・ヨーク」と揶揄される様に、ニュー・ヨークはユダヤ人の比率が高く、そしてユダヤ人は教育熱心ですから、高等教育におけるユダヤ人比率はどうしても多くなります。(QUOTAの件はややこしいので触れないでおきます)。

従ってニュー・ヨークに代表される大都市や大学と言うのは、「他民族も出入り自由なユダヤ人ゲットー」と考えるのが妥当かも知れず、少なくとも人種別人口構成は全米平均と著しく異なります。


米国を象徴する人物を何人か挙げよと言われれば、まずはレーガン元大統領、米国史上初めて現職を破って当選し、再選時には「ランド・スライド」なる言葉以外に形容の仕様がない程の圧勝を果たした人物で、カリフォルニアもニュー・ヨークも制しました。

それから映画ランボー(本来の原題はFirst Blood)の最初に出てくる、いかつい保安官、銃を携え「俺が法律だ」とばかりの態度を取り続けます。

舞台となった小さな町に、或いは大草原に点在する市町村にどれだけユダヤ人が存在するのでしょうか。

大都市の様な「雑居地区」と異なり、地方の町は人種的に極めて純度が高いく、例えばアーミッシュ(別名「ドイッチェ」と言うらしいです)の町ではアーミッシュが100%の筈です。

後は日本の野球界で活躍したランディ・バース氏で、自宅には銃が保管され、しかも子供に銃の取り扱いを教えています。


これらの人物を都会人や高等教育を受けた人達は評価しないでしょうが、と言って「隣が襲ってくることは有り得ない」と言う、日本人のみが享受する感覚は、ユダヤ人を含めて理解出来ないでしょう。

「隣」家であれ「隣」国であれ「隣」人であれ「隣」村であれ、隣は必ずしも友好的とは限らないのです。


例えば名古屋人が気晴らしに高知の鄙びた場所に観光旅行する、日本では何の話題にもなりません。

ユダヤ人がアーカンソー州の田舎町をぶらりと旅行する、おそらく命懸けでしょう。


中国そして国共内戦を理解するための補助線を引いてみました。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-04-12 00:38

ベトナム戦争

大日本帝国陸軍は日中戦争において、蒋介石が立て籠もる重慶に絨毯爆撃を仕掛けましたが、「戦いの主役は我等」を自任する陸軍自らが航空力で制圧出来ると判断したのは、重慶までの道のりが平坦でなかったうえ、追えば退くの「いたちごっこ」を避ける意味もありましたが、絨毯爆撃で従兄政権を崩壊できるとの読みがあったと思われます。

その考えは「常識的には」正しく、現実にあの狭い盆地で軍民共々食い繋いで行くのは不可能だったと断言して差し支えないでしょう。

ですが現実には、重慶政権は持ちこたえました。

これにはビルマ・ルート(援蒋ルート)の存在も見逃せませんが、蒋介石の「一族郎党」、軍民で言えば「軍」の部分だけの兵糧を確保出来れば良いと言う発想に立てば、生き残る道はあります。

但し、裏を返せば住民に食糧を与えないばかりか、可能な限り収奪しますので、これは重慶を含む四川盆地の住民全員に「死ね」と言っているのと同じです。

蒋介石にはこうした、毛沢東とは異なった冷酷な面がありまして、Wikiによれば湖北省だった湖南省だったか、その地域を蒋介石の部隊が通過した際、農民から食糧をすべて収奪し、その後に通りかかった日本軍部隊がその惨状に見かねて食糧を与え、やがて蒋介石軍が反転した際、現地人と日本軍の間で「倭荊合作(?)、抗蒋戦線」が成立し、国民党軍を協力して迎え撃ったこともあるそうです。


ベトナム戦争で米軍が日本陸軍の轍を踏んだのは、やはり「空爆」で北ベトナムを仕留めると踏んだからと思われます。

硫黄島と沖縄であれだけ予想外の苦戦を強いられ、虎の子のガソリンを湯水の如く使って漸く制圧出来た教訓を、陸軍と海兵隊は忘れていなかったでしょうが、相手方は徹底的に地下壕を掘って北ベトナムの共産党組織と兵力をそこに温存し、熾烈な「北爆」を凌ぎました。


リビアにおいて再現された「人間の楯」戦術は、空爆に対する究極の防衛手段です。

それにしても仏伊は弱く、そして脆いです。

それを米英が内心で嘲笑いながらお付き合いしている、これが今の構図です。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-04-08 00:36

断崖絶壁の江沢民一派

中国の江沢民「前」国家主席が北京の病院に入院したとの未確認情報があります。

江沢民氏は根城である筈の上海に滞在し、余程の用件が無ければ北京に赴かない人物ですので、多少信憑性に欠ける話ですが、江沢民が「死に体」でも生きていれば上海閥も求心力が働きますが、場所が何処であれ命に別状があれば、その子分達は行き場を失うことになります。


やはり胡錦濤国家主席とその周囲は、習近平「後継」を認める気は更々無い模様です。

江沢民氏に万一のことがあれば、習近平氏の後ろ盾はいなくなります。

江沢民側が持つ鉄道権益を覆すべく、鉄道大臣を失脚させたことで江沢民氏が体調を崩したとの由ですが、それ程旨みのある利権ならば、習氏も一枚噛んでいるとみるのが妥当で、胡錦濤主席側の最終標的は習氏、しかも「反胡錦濤勢力」を纏めて粛清するつもりだと思われます。

また江沢民氏の不在は上海市場の受け皿喪失を意味しますから、上海閥と昵懇な「ゴールドマン・サックス」にとっても「訃報」は「不祥」です。

中国情勢に近々大きな変化があるやも知れません。


「民自大連立」なる不愉快な話題は放擲し、戦争と米国について少し論じますが、オバマ大統領は東日本大震災では、ありったけの艦載機をカタパルトに並べた空母「ロナルド・レーガン」を被災地沿岸に一時展開しました。

技術が発達した現代においても、艦船の所在を明らかにすることは酷く危険な行為です。

にもかかわらず虎の子の空母を誇示するのは、救助に名を借りた威嚇以外の何物でもありません。

これは断言しても良いと思われますが、中国海軍全勢力を掻き集めても、この空母一隻に及ばないと思われます。


それにしても今回の米国は日本に対して太っ腹ですが、これはオバマ大統領の「再選戦略」の一環と考えれば腑に落ちます。

大統領選挙の前年の4月4日時点で再選の意志を明らかにしたオバマ大統領ですが、併せてもの凄い金額の資金を年内に集める意向を表明しました。

何故「年内」に「大金」が必要かと言いますと、来年2月から始まる大統領予備選挙に備えているからで、要はゴールドマン・サックスがヒラリー国務長官を擁して勝負してくると覚悟していることになります。

とすると選挙資金は幾らあっても足りませんから、今回の震災を奇貨として日本(政府)に対して恩を着せて、何らかの形で政治資金を巻き上げようとしているのです。

昔から言います、ただほど高いものは無いと。

対照的に評判の悪いリビアへの介入は極力控えていますし、長期化すればするほど疲弊するのはフランスですから、深入りしないのが最上の策であるのは言うまでもなく、老獪なカダフィ大佐もその辺りは分かっていますから、米国に対する罵詈雑言を抑えています。

まさに狐と狸の化かしあい、そして欧州は「旧大国」フランスと共に落日を迎えます。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-04-05 01:14

お便りに感謝しつつ

花粉症、発症、生まれて始めての事態に右顧左眄。

あと暫しご猶予の程を。

小誌執筆者
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# by dokkyoan | 2011-03-27 23:29
反政府勢力を承認した時点で、カダフィ大佐の逆鱗に触れるのは火を見るよりも明らか、大佐の過去のやり方からみて、現地フランス利権の全面没収は当たり前、次の一手は大佐の最も得意とする「爆弾テロ」と「暗殺」なのも、これまた贅言を要しません。

サルコジ仏大統領は、テロや暗殺と言った非正規戦も含め、リビアとの戦いに勝ち抜く成算があって反政府側を一方的に肩入れしたのでしょうか。


実は今回の対リビア戦、米英も「お付き合い」で参戦していますが、仏軍はかつての真珠湾攻撃時の大日本帝国海軍が犯した過ちを繰り返そうとしています。

今回のリビア戦役において、米国は早々に部隊上陸はしないと名言、英国も追随すると思われます。

空爆だけでもイスラム陣営の怒りを買っているフランスが地上戦も覚悟するのか、興味が持たれるところですが、空爆やミサイル攻撃、艦砲射撃で敵が降参するのであれば苦労はありません。

ましてや既得権益(石油利権)の奪回が目的であるならば、相当数の陸上部隊を派遣する必要があります。

「陸軍の存在しない占領地は占領地ではない」、今の仏軍もこんな初歩の初歩に気付いていないのですから、当時の帝国海軍が分かっていなくとも致し方ありません。


真珠湾攻撃は作戦そのものが却下されるでした。

理由は簡単、島嶼を占領するための上陸軍が同行してなかったからです。

海軍関係者は「あれで精一杯」とか「それだけの陸軍部隊は運べない」と言うかも知れませんが、それは目標地点の設定が間違っているからです。

そもそも海軍の決戦思想は、日本に迫り来る米国の大艦隊を迎え撃つことに軸が置かれていたのですから、その考えを忠実に実行すれば良いのです。


ニューヨークのど真ん中であろうが要衝ハワイであろうが、聞いたこともない島であろうが、米国領を攻撃すれば、それは立派な戦闘行為です。

まず目に付けるべきはウェーク島です。

この島なら上陸部隊と工作部隊(飛行場建設のため)を送ることは造作もありません。

出来ればマーシャル諸島に同様の島を占領し、これら飛行場を使って索敵、すなわち偵察に当たらせます。

この場合、米国海軍はまだ無傷ですから、空母艦載機による襲撃、潜水艦による敵状確認、或いは船舶への攻撃、駆逐艦による日本側潜水艦の破壊工作が考えられますから、敵駆逐艦には索敵能力にも優れた軽巡を、潜水艦には天敵の駆逐艦を、空母による飛行場破壊工作に備えて重巡を残しておきます。


その一方で、フィリピンには電撃攻撃をかけます。

実は、太平洋戦争開戦時、米国はフィリピンに1946年の独立を約束していました。

換言すれば1941年は植民地と宗主国の関係で、見殺しにすればフィリピン人の米国に対する信頼は地に墜ちます。

僅かでも領土が侵され、植民地を奪われては、黙っていても米軍は陸軍兵を多く積んだ大艦隊を派遣するでしょう。

そこで待ち構えていれば日本海軍は勝てると思います、少なくとも「無理」をするのが米国、「余裕」があるのは日本側です。

その大艦隊を殲滅すれば、真珠湾など存在意義がなくなります。

(続く)
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# by dokkyoan | 2011-03-20 10:01