世を毒する言動、空疎な報道・社説・論説等に遠慮仮借なく鉄槌を下します。


by dokkyoan

回天資金

近世中国を蝕んだ最大の癌の一つが阿片(麻薬)であったことに異議を挟む余地は少ないと思われますが、その災禍は今も解消したとは考えられません。

これは文革時代の話ですが、林彪だったかそれに近い高級幹部が阿片を喫煙し過ぎて「役立たず」になり、夫人に愛想を尽かされたと記憶していますが、これは軍関係者にとって阿片は入手が簡単な代物であったことを物語っています。


中国に限らず日米を含め世界各地で麻薬や覚醒剤が蔓延しているのは紛れもない事実で、マリファナ等の「軽度な」麻薬の合法化の動きもありますが、これって「地獄への入口」をお上が公的に容認する様なもので、軽度であろうと重度であろうと麻薬取引には裏社会が絡んでいるのは当然で、「軽い」もので心理的な壁を取り除いておいて「重い」ものに連れて行くのが連中の手口です。

だから権力が現状追認するととんでもないことになるのですが、日米と中国の違いは、国家元首や最高権力者或いはそれに準ずる人間集団が麻薬や覚醒剤に無縁(と思われている)のが前者なのに対し、むしろ切っても切れない仲なのが後者たる中国ではないかと言うのが弊意です。

乾隆帝は阿片喫煙者だったと言うのが小誌の持論ですが、後を継いだ嘉慶帝の初仕事が阿片禁令の発布でしたから、清朝は「上から」そして「中から」腐ってきたことになります。

国家元首や最高権力者の行為は、たとえそれが法に触れてもお咎めなしなのが中国で、ましてや儒教のお国柄ですから父親の悪口は口が裂けても言えない、とすると取り締まるにも取り締まれなくなります。


話は飛びますが、沖縄県の昆布消費量が多いのは、江戸時代後期には日本海側を伝う様に「昆布の道」が出来ていたからで、当時の琉球王国は実質的に薩摩藩の占領下にありましたので、この「昆布の道」は薩摩が扼していたことになります。

常々疑問だったのですが、薩長の倒幕回天資金の出所は何処か、教科書では薩摩は砂糖の密貿易で資金を蓄え、長州は専売制の施行と朝鮮半島との密貿易で潤沢な資金を得たと言いますが、薩摩藩は島津斉彬の代に至るまで頭抜けて貧乏でしたし、長州だって威張れた財政運営はしてきませんでした。

ですが「昆布の道」を延長すればどうなるか、換言すれば船員を休息させたり船舶を修理し、或いは貨物を保管する云わば「休憩所兼中継所」的な存在を求めるとすれば、それなりの統治能力を持った政治集団が支配する琉球や奄美諸島がその候補となりえます。

お分かりと思われますが、「昆布の道」と「阿片の道」は一部で重なっていまして、広州から琉球、奄美を経て薩摩に至り、更に長州から対馬、そして朝鮮半島へと繋がるのが「阿片の道」、これなら回天資金の出所も辻褄が合います。

だから維新政府は阿片と厳禁とし、幸い天長とその周辺はこの薬禍に無縁でしたので、遠慮することなく防圧することが出来ました。

大英帝国としても貧乏だけど尚武の精神が強い日本を相手にして手こずるよりは、格段に懐が豊かでしかも文弱な中国に集中した方が効率的です。

やるもんです、近代日本。

(続く)
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by dokkyoan | 2013-01-15 23:34