世を毒する言動、空疎な報道・社説・論説等に遠慮仮借なく鉄槌を下します。


by dokkyoan

思わぬ突破口

話題があちこちに飛んで恐縮ですが、国共内戦を米英の代理戦争、中国共産党による全国統一を、米国を含む親米勢力の敗退、英国の利権死守の観点からみるべきではないかと、小誌なりに悩んでいたのはご存知の通りですが、圧倒的劣勢な共産党側が何故最後に勝利を掴むことが出来たのか、職業左翼に騙されるお気楽左翼であれば「人民が蜂起したから」と言うでしょうが、申し訳ないが小誌とその読者はそれ程「初心(うぶ)」ではありません。

そんなもので戦に勝てるのであれば、今頃大日本帝国は米国との「超大国の座を賭けた戦い」に勝利し、米州全体を呑み込んで、ついでに中印を傘下に収める「比類なき超大国」に飛躍しています、負けたからなりそこなったけど。

別紙の中国関係専門紙でミャンマー(当時の英領ビルマ)を考察しながら気付いたのですが、ビルマは中国にとって裏木戸で、その裏木戸の支配者が英国でした。


中国の雌雄を決する大戦後の国共内戦は、日本の敗戦直後から始まったのではなく、約10ヵ月後の1946年8月に再び矛を交えるに至りました。

ではその10ヶ月は如何にして両陣営は過ごしていたのかと言いますと、一言で表現すれば時間稼ぎです。


まず米国の事情から言えば、ペリュリュー島に始まり、サイパン、硫黄島、沖縄と続く戦いで、日本陸軍の思わぬ抵抗に遭遇し、人材と物資の両面で想像だにしなかった大きな痛手を蒙りました。

しかも絶妙の時期に「無条件降伏」、実はこれが「条件付き降伏」だったのですが、その点はあらためて触れるとして、無傷の部隊が各地で駐屯する日本を占領することになり、多くの人員や物資を日本に割かざるを得なくなりました。

米国が中国に関心があったのは、朝鮮半島南部を軍政下に置いたことからも明らかで、これは主力が存在する日本と、中国の間の制海権及び制空権確保のための措置に過ぎません。

しかしここで大きな問題が米軍に立ちはだかりました。

一つは日本を抱え込むことで駐留大部隊が逆包囲されました、「天皇問題」で。

日本政府は無条件降伏を受諾しましたが、大日本帝国臣民(当時)は天皇助命を願い出ました。

当時の日本の最高権力者たるマッカーサー元帥宛に、全国各地から署名捺印付きの書簡が、時には女性の名前で陸続と届きました。

願いは一つ「天皇助命」、この嘆願を蹴ったら、日本全土は間違いなく地獄と化したでしょう。

武装解除されたことと戦いの術を知っていることとは全く別の話で、その気になれば米軍の武器庫を破り、或いは民間人に成り済まして寝技に持ち込めば、後のベトナムなぞ天国にしかみえない地獄絵が出現したでしょう。

止めに天皇自らが元帥と会見、己を殺せと仰いましたが、その背後には「死を覚悟した数千万の大日本帝国臣民」が存在しました。

戦争では負けましたが政治で取り返した、日本人は決して政治音痴ではなく、正念場に強い国民と言えます。

しかもマッカーサー元帥に対しては、これは米国特有の現象ですが、絶えざる「兵士帰還圧力」が加わっていました。

つまり当時のGHQは、無数の潜在的敵対勢力に囲まれながら、しかもこれらに食糧を与えつつ、逐次部隊を米国に帰還させると言う、威張っているけれど実は日本の使いっ走りの様な役目を負わされましたから、とても中国に兵力を割く余裕がありませんでした。

そこで親米反英勢力の蒋介石国民党政権に現地のことは任せました。

(続く)
[PR]
by dokkyoan | 2011-12-07 01:17